父親との思い出 二人で食べたお寿司

こんにちは、あんにゅいです。

誰にでも経験があると思うのですが、中学生くらいの頃私はやさぐれていました。いわゆる反抗期というやつです。

そんな親への反発心で満ちていた当時の、父とのエピソードを綴ってみます。

夕食に誘われる

ある日の夕方、学校から帰宅した私は自室でのんびりとくつろいでいました。

勉強をするわけではなく、ゲームをしたりマンガを読んだり好き勝手なことをして過ごしていたのです。

すると部屋のドアをノックする音が聞こえ、振り向くと父が「入るぞ」と言いながら入室してきました。

当時、私と父は険悪でした。

いや私が勝手に険悪にしていただけなのですが、相当に関係はぎこちなかったと思います。

このとき、勉強しろだの何だのとまた言ってくるんだろうな、と私は思いました。

しかし父の口から出てきた言葉は意外なものでした。

「寿司を、食いに行くぞ」

寿司屋に入店

反抗期だった私は、よっぽど断ろうかと思いました。

ですが寿司は私の大好物です。そして中学生の食べ盛りの食欲には到底抗えません。

好物を食べられるのならまあいいかと思い支度をしました。そして父の車の助手席に乗り込みます。

父は無言で車を走らせます。

私は、てっきり回転寿司に行くものだとばかり思っていました。

「回らない寿司屋」の存在は知ってはいましたが、当時の私は回らない寿司屋には行った経験はありませんでしたし、決して裕福とは言えない我が家には縁の無い所だと決めつけていたからです。

しかし車が停まったのは、見まごうことなき回らない寿司屋でした。

私はにわかに緊張感を纏い、父の後に続いて入店したのです。

一応気は遣ったつもり

店内に入ると、通されたのはカウンターでした。

二人並んで椅子に腰かけると、父は「好きなもん頼めや」と言ってきます。

お決まりでもお任せでもなく、お好みで注文しろということです。

カウンター席に座ってお好みで寿司を食べるということがどれ程恐ろしいか、それなりには私は知っていたつもりです。

さすがに委縮していた私は、高いものを注文したら父に悪いと思いました。

そして思い付いたのは、「マグロの赤身を頼んでおけばまあ無難だろう」ということでした。

大トロやウニなどは言わずもがなですが、かっぱ巻きなどだけ注文してもいかにも遠慮してるみたいなので、赤身を中心にオーダーしたのです。

赤身と言いましたが私は大好物です。

回転寿司のぺらぺらな冷凍物とは違い、大きく切られた生のマグロはとても贅沢な味わいでした。

こうして、会話こそ殆どありませんでしたが、二人で並んで至福のときを過ごしました。

父なりの威厳

私は合計金額がいくらになっているのか心配していました。

赤身中心に頼んでいるとはいえ、ここは回らない寿司屋だからです。

帰り際の会計時、父の後ろにいた私は店員の口から発せられた金額を聞くとぎょっとしました。いつも回転寿司で耳にする金額と桁が違っていました。

しかし父は「なんだそんなもんか」というリアクションを取り、どこかぎこちなく会計を済ませます。

こういう言い方も何ですが、父にとってこの金額が「そんなもん」なはずはありません。

今ならよくわかるのですが、そもそも父のお小遣いで来れるような店ではないのです。

父の真意って何?

金銭的に、父は相当無理をしていたと思います。

そこまでした父の真意とは何だったのだろうと、ふと思い返すことがあります。

「勉強しろ」ですとか「親への態度を改めろ」ですとか、私には耳の痛いことは一切言わず、ただ二人並んで高級寿司を食べるという行為。

父の亡き今、その真意を確かめることはもう叶いません。

しかしこのとき、私は父からの言葉にはできない何かを確かに受け取った気がしました。